スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



( --.--.-- ) ( スポンサー広告 )
よこしまサブリミナル
昨日、ハイキングに行った。ハイキングなんてのはもしかしたらかれこれ10年ぶりくらいかも。
すこんと晴れた5月の空の下、ニューヨーク市から北に車で2時間半、Woodstockの町はずれにあるIndian Head Mountainという名前の山に登った。標高3,500 フィート(1000メートルちょっと)、6.8マイル(だいたい10 km)の行程。岩だらけの山でけっこうきつかった。帰りはひざが大笑いしてた。あくる日は立てないかもと思い今日の月曜はぬかりなく休みをとってたけど予想に反し筋肉痛もなくケロッと平気。アタシも案外まだいけるやないの、と至極満足です。


IMG_3620_convert_20130507035940.jpg
こんなに高いとこまで登ったぞどうだ、の写真。
重なった山なみの微妙な色がよくわからないのが非常に残念、なんとかいう有名な日本画にそっくりの、なんとも美しい横縞だったのに。


IMG_3469_convert_20130507041006.jpg
横縞といえばこれも。
霧に隠れた向こう岸のマンハッタンは目をパチパチさせると見えるかもしれません




スポンサーサイト

( 2013.05.06 ) ( on this side ) ( COMMENT:8 ) ( TRACKBACK:0 )
The Gugg
グッゲンハイム美術館。
螺旋状の通路が展示スペースになっていて、ゆるい坂を下りながら、あるいは上りながら、作品を見て行くようになっている。
なんだか亡者の行進みたい、天国はどっちだ?


blue+ceiling_convert_20130303103655.jpg


この写真を撮ってたら、警備員の人におこられた。一階のロビー以外はカメラ一切禁止なのだそうだ。
ケチなこと言うな。



▼READ MORE?

( 2013.03.02 ) ( on this side ) ( COMMENT:10 ) ( TRACKBACK:0 )
Playground Again
またもや児童公園へ。(こないだとはまた別の場所だけども)
ベンチで新聞のチラシを見たり立ち話をする大人たちに混じってめまぐるしく走り回るこどもたちを眺める。そうやってふつうの家族の生活が見えるところにいるとなぜか安心する。


P1000757_convert_20120922105038.jpg


P1000758_convert_20120922105116.jpg


P1000759_convert_20120922105249.jpg


むかし一度だけ母がこちらに遊びに来たことがある。
週末の昼下がり、裏のアパートの中庭で小学生くらいの子供たちが遊んでいる声が開け放した窓から聞こえてきて、
母が「子供の声はどこの国でも同じやね」と嬉しそうにつぶやいたのを思い出した。






( 2012.09.21 ) ( on this side ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
ある日のふたりづれ
暑かった一日の夕暮れ時、
リンカーン・センターで。


IMG_2757+-+2012-07-03+at+19-42-23_convert_20120707105855.jpg
野外サルサ・フェスティバルでのシブ~いふたり。


IMG_2712_convert_20120707110057.jpg
影もぴったりとふたりです。


IMG_2789_convert_20120707111027.jpg
このふたりは噴水で夕涼み。


ここんとこNYは暑いです。明日は摂氏42度との予報。





( 2012.07.06 ) ( on this side ) ( COMMENT:8 ) ( TRACKBACK:0 )
死刑のこと/りんごの花
ゆうべ、夢の中でアタシは死刑執行をガラス越しに傍観していた。
ちょっと前に刑務所付きの牧師さんの話を読んだからかな。それと日本でも誰かの死刑のことがつい最近書かれていたような気がする。

死刑にはそれを決定する人、命令する人、執行する人、見守る人、記録する人が必要で、更に、死刑囚に最後のご飯は何が食べたいかと訊ねる人、最後の会話をし祈りを捧げる人、執行場所まで一緒に歩いて行く人、その後始末をする人、たくさんの人間がこれに関わるはず。死刑囚は、極悪な犯罪者だからこそそんな終わりを迎えるのだろうとは思うけども、それにしても誰かが決めた自分の死の時間に、そうと知りながらそこに向かわなければならないとはどれほどの恐怖だろう。

死刑囚は自業自得と言えるのかもしれないけど、処刑に関わる他の人はみな普通の幸せを望んで働いている普通の人たち。仕事は人の役に立つ喜びを与えてくれるものだけども、その「仕事」にはそんな喜びがほんのひとつまみでも含まれているんだろうか。それどころかその人たちは途轍もなく大きく暗いものを個人的に背負わされて、身体のどこかに重くぶら下げたまま生きて行かなきゃならないのではないか。そんなものを人に押し付ける権利はアタシたちにはないんじゃないか。

何の知識もないアタシにこんなこと言う資格はないかもしれない。犯罪者に身内の命を奪われた経験がないからかもしれない、死んで行く人を見るということに異常に反応しているのかもしれない。きれいごとかもしれない。それでも、誰かに聞かれたら死刑には反対というしかない。


__________________

で、重たーい話は終わり。
NYも春まっさかり、満開のりんご並木の道でキスするふたり、New York Botanical Gardenにて。

IMG_9190_convert_20120416092726.jpg







( 2012.04.15 ) ( on this side ) ( COMMENT:8 ) ( TRACKBACK:0 )
またひとり川を渡って
11月だったかにお見舞いに行った知り合いの人がしばらく前に亡くなり、この週末追悼の集まりがあったのでまたバスに乗って行って来た。もう大往生というお年だったのでうち沈んだお葬式というものではなく、いろいろな人が前に出て故人の思い出をおもしろおかしく語るという感じだったけれども、いすが足りないほどの人を集めたその張本人が不在であるということが骨に痛く沁みるような集まりだった。

会のあと奥さんと少し話をすることができた。彼女は何事もなかったように穏やかな笑顔で静かに話していたけれども、目が異常に張りつめていた。刺すような鋭い視線なのに実際は何も見ていないような深い淵みたいな目をしていた。恐ろしかった。別れ際、「まだ状況が把握できてないの」とぽろりと言ったあと彼女はその目でアタシをひたと見て「私はどうすればいいの、教えてくれる?」と3回も繰り返して聞いた。アタシは何も言えなかった。


IMG_8517_convert_20120206080920.jpg


不思議なことに、相棒が死んだ当時いちばん心を慰めてくれたのは、セラピーとか同じような経験をしたひとが集まる助け合いの会でも「生きるヒント」のような本でもなくて、ごく小さなたあいないものだった。頭の上を飛ぶカモメだったり「吾輩は主婦である」という日本のドラマだったり友達の家族にまじって食べた晩ご飯だったりした。この写真もそのひとつ。叔母さんの中国土産にもらった拙政園という庭園の写真集、何度も何度も眺めて、すごくお世話になった。アタシがこの本からもらったような小さな慰めがこれからの毎日の中で彼女にもたくさん訪れることを祈るのみ。





( 2012.02.05 ) ( on this side ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
霧の朝の切実
こないだの朝、お金をおろそうと寄った駅ビルのATMで見たもの。
がらんとした早朝のATMコーナー、仕立ての良いコートを羽織った中年紳士がひとり、機械の前に立ったまま電話で話していた。…と思ったら違って、よく見るとその人はATMに話しかけていたのだった。

2台隣に立ったアタシの存在を全く気にかける様子もなく、穏やかな口調ながらはっきりとした声で、金がありますように、そこに入っていますように、頼むよ、お願いですよ、私の罪はもう許されてるはずです、ATMよ、どうかどうかお願いだから、と繰り返していた。

機械の裏のカミサマに祈るほどの事情とは?「私の罪」とはどんな罪?と心はうずうずしたけど、用が済めば出て行かないわけにもいかず、彼の祈りが通じたかどうか見届けることはできなかった。


IMG_8374_convert_20120129221638.jpg

外へ出たら霧だった。






( 2012.01.29 ) ( on this side ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。