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The Rock of Nova Scotia
この部屋に、巨大な赤ん坊くらいの大きさの石がある。
重くてアタシには持ち上げられない。

もうずっと前、カナダの東端Nova Scotiaのビーチで
相棒がこの石に一目惚れして、どうしても持って帰ると言い張った。
まるでそれが人類の未来か何かみたいにものすごい執着でもって
長い浜辺をを休み休み1時間あまりかけて車まで運んでいた。
アタシはもちろん手伝う気もなくただ眺めてたんだけども、
あんな情熱的なあいつをそれまで見たことがなくちょっと驚いた。
その夏の終わり、石は国境を越えて
潮の匂いも波の音もしない都会の隅の小さなアパートに持ち込まれた。

それから何年かたったある日、部屋の掃除をしながら、
「アタシひとりになったらこんな重いものどうすればいいわけ」
と口を滑らせてしまった。
あいつは聞こえなかったみたいに手元に目を落として鉛筆を動かし続けた。
アタシも言わなかったふりをした。
それらの言葉は天井ちかくで散らばって
一瞬固まった空気といっしょに
塵みたいに降ってきた。
あいつの肩に、アタシの頭に、Nova Scotiaの石のうえに。
猫だけがすやすやと眠りこけていた。

生き残った猫とアタシが毎日行ったり来たりする横で、
石は今もひんやりとここにある。



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( 2012.04.10 ) ( stories ) ( COMMENT:14 ) ( TRACKBACK:0 )
The Savage Parade
よく晴れた土曜日、横腹にピーターパンの絵が描かれた長距離バスに乗って、もうすぐこの世からいなくなってしまう人に会いに行った。昔、とてもお世話になった。アジアの小さな国から来たアタシを娘のように可愛がってくれた。

アタシが行くと、彼はベッドに半身を起こして待っていて、アタシの顔を両手で挟んでぐりぐりするいつもの挨拶をしてくれた。でもその手はひ弱くかすかに震えていて、自分の手を重ねて握ると指が小枝みたいにパキパキと折れてしまいそうだった。

30分ほどの間に、いろんな話をした。彼の好奇心は昔のままで、へたな英語でアタシがしゃべるたいしておもしろくもない話にもいちいち目を輝かせて驚いたり笑ったりした。今もこんなにしなやかな彼の心が、衰えていく体に引きずられてどこか知らないところへ行ってしまうのかと思うとひどく理不尽な気がした。

酸素チューブをつけ喘ぎながら、彼は若い日に読んだというランボオの詩の話をしてくれた。世の中の雑多な俗人を高みの窓から俯瞰するという形式で描いたパレードという詩、その最後、"I alone have the key to this savage parade"という一行に体が震えた、と彼は言った。その言葉を噛み締めながら、ああこの話を聞けてアタシはなんてラッキーだなどとまたも身勝手に自分のことを考えた。

午後の日差しが注ぐ部屋の中に、酸素を送る機械の、シュー、コトンという音が繰り返し繰り返し響いていた。


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( 2011.11.07 ) ( stories ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )
さんにん
うちはネコだったけど、
ともだちの夫婦のところには
この夏、子犬がやってきた。

かなり前から
週末のアニマルシェルターめぐりをしていたふたりは、
夢が大きくふくらみすぎて
犬が来るより先に用意してしまった
首輪とリーシュを手にしては
ため息をついていた。

ある土曜日、ふたりは
いつものように子犬を見に行った
今回はペンシルバニアまで
ハイウェイをとばして

そして帰り道
ふたりはさんにんになり、
その日を境に
黒いうるんだ目をした生きものが
この夫婦の新しい家族になった。

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濡れた瞳に未来あり、
見守る背中に祈りあり、
バックヤードにこだまあり、
包む両手に想いあり。

さんにんをのせた舟
ずっと遠くまで
        (ちょっと土井晩翠ふう)

             ー to F family





( 2011.09.03 ) ( stories ) ( COMMENT:5 ) ( TRACKBACK:0 )
タンポポと毛虫
毛虫はタンポポとなかよしだった
まいにち会いに行った

タンポポはもの知りで
それにとてもいい匂いがした

桃の木の自分のねぐらから
幹を這い降り草むらを横切るのは
毛虫にとっては遠い道のりで
話す時間はあっと言う間に過ぎたけど
毎日が楽しかった

ある日
あんなに鮮やかだった黄色い花びらが
突然白いワタ毛に変わって
タンポポはもう言葉が話せなくなっていた

そして突然強い風が吹き
タンポポのワタ毛は
どこかに飛ばされてしまった
毛虫の目の前で

毛虫はおいおい泣きながら
桃の木のねぐらに戻り
そのことをこがね虫に訴えると
こがね虫はあくびまじりに答えた

「泣くこたあないさ、
あんただってあと幾日かすりゃ羽が生えて、どこへだって飛んでけるんだから」

その幾日かが過ぎ
こがね虫の予言どおり
地面を這い回っていた自分が
蝶になった時
毛虫は思った
じんせい何が起こるかわからない。




( 2011.04.12 ) ( stories ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )
花火
ある夏の宵、湖で花火があるというので、おじいさんは8つになる孫のオリバーを連れ、手漕ぎの船で花火見物にでかけた。おじいさんは瀟洒なヨットやモーターボートの間の隙間を縫って進み、花火がいっとうよく見える場所におんぼろ船を泊めた。

大きな破裂音が響き、最初の花火がいっきに空に開くと、オリバーは一瞬息ができなくなった。そして光の花びらが夕立ちみたいな音をたてて真上から降ってきた。花火は船のまわりの湖面に反射し、オリバーは自分が空のまんなかで花火に囲まれて浮かぶ星になったように思った。その強烈な美しさに泣きそうになり、オリバーは湖に飛び込んだ。自分が泣くとおじいさんが悲しむと思ったのだった。

水面に顔を出したオリバーの濡れた頭全体が歪んだ鏡のように花火を映し、まわりの水といっしょに赤や緑に輝いた。そしてそれを見たおじいさんは、去年の暮れに病で死んだこの子の母親にこの姿を見せることができたらと切実に思い、涙を流した。おじいさんの頬をつたう涙の中にもまた花火が輝いた。




( 2011.03.24 ) ( stories ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
Valentine's Day Special
ニューヨーク市42丁目にあるグランドセントラルステーションでの、鳩と兵士の話。

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この駅の天井に近い部分、横に並んだ窓の上の装飾のくぼみに一羽の鳩が住んでいます。最初、この鳩はつがいでここにやってきましたがある日オスの鳩が食べ物を探しに出て行ったまま戻ってこなくなり、この鳩はその後、いなくなったそのオスを探しに行ったりぼんやりと巣から下を眺めたりして毎日を過ごしていました。

早朝から夜半まで毎日おびただしい数の人間が通るこの駅は、天井にいると人の声や音の集約が喧しく反響し、またひっきりなしにカメラのフラッシュが光るので決して居心地がいいとは言えませんが、いつかオス鳩が戻ってくるかもしれないと思うと、鳩はここを離れることもできないでいたのでした。

一方、下のフロアでは、警護の若い兵士が、あてがわれた機関銃を肩からさげて毎日任務についていました。兵士は壁際に立ち、訓練された目でまわりを警戒しながらも、時々天井に描かれた星座を眺めてはついこの間までいた戦場の星空とそこで失った友のことをよく想うのでした。

最初に気づいたのは鳩でした。中2階のバルコニーの手すりにとまっていた鳩は、すぐ下に立つ兵士に目をとめました。兵士の着ている砂漠色の迷彩服が、オス鳩の羽の色にとてもよく似ていたのです。「クークー」という鳴き声で上を見上げた兵士は、一羽の鳩が首をかしげて自分を見ているので少し驚きましたが、すぐに、この鳩は戦場で死んだ友に違いないと考えました。

それからこの鳩は日に一度、兵士の上のバルコニーに降りてきては「クークー」と鳴き、兵士も鳩を見上げて微笑むようになりました。鳩と兵士のあいだには言葉も約束もなく、一日のうちほんのわずかな時間を共有するだけなのですが、ふたりは心の中にともった小さな灯を大切に守りながら、このグランドセントラルの隅っこで今日もそれぞれの一日を送っています。

___________________________
I hope you all had a happy valentine's day.
                     タロコ




( 2011.02.14 ) ( stories ) ( COMMENT:3 ) ( TRACKBACK:0 )
ラストバナナのお話 完結
話を聞き終ったおじいさんは黙りこみ、その日はもうおばあさんが何を言ってもひとことも口をききませんでした。そして翌朝、静かな声でおばあさんに告げたのです。
「おれは出て行く」
え?なにを言うとるかじじいは。意味わかんねえ。なんでそうなるわけ?おばあさんは混乱しました。バナナでこづかいを稼いだだけなのに。何十年も一緒に暮らしてきたのに。

おじいさんは、おばあさんのうそが許せなかったのでした。杉の木のようにまっすぐなこの人が軽佻浮薄のサンプルのごときおばあさんとずっと仲良くやってこれたのは、おばあさんがあけっぴろげで正直者だったからです。なのにこの頃はいよいよ物欲にとりつかれ、けんかのフリまでしておれをだまし続けた。それでも追い出すには忍びなく、自分が出て行くことにおじいさんは決めたのでした。

おじいさんがいなくなった後、おばあさんはいっぺんに元気をなくしてしまいました。モグラからの原料催促があった時はのろのろと市場に行き、買ったバナナ一房をまるごと穴に放り込みましたが、それ以外は何もやる気がおきず、呆然と毎日を過ごしました。カメラへの興味も失せて、モグラから受け取る金は手つかずのままでした。

おばあさんとは対照的に、モグラはとても忙しく幸福な毎日を送っていました。美しい嫁をもらい、家を広げ、庭には大きなプールも作りました。またすぐとなりに大きな工場と倉を建て、モグラの家は繁栄をきわめたのでした。

しかし、真下のモグラが家をどんどん広げたせいで地盤がゆるみ、おばあさんの家は少しずつ傾いていきました。失意のおばあさんはそんなことに気づく余裕もなく、ある日とうとうおばあさんの家は倒れてしまったのです。ちょうど夕刻でおかゆを炊いていたので、倒れた家は全焼、おばあさんは逃げ切れずに死んでしまいました。

モグラの方は、この火事の熱で工場と倉に被害がありましたが、モグラの迅速な対応で一家全員避難して事なきを得ました。おばあさんが亡くなって、今後原料入手には多少困るだろうけれども、このかしこいモグラはきっと何らかの手だてを考えてうまくやっていくことでしょう。

一方、おじいさんは、しばらく前におばあさんの暮らしぶりを風の便りで聞いていました。今思えば、何も出て行くことはなかったのではないか。ああ可哀想なことをしてしまったと心を痛めたおじいさんは、ちょうどこの火事のあった頃、おばあさんの死を知る由もなく一眼カメラをフトコロに抱えておばあさんの家へと山道を急いでいたのでした。

おしまい





( 2011.01.09 ) ( stories ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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