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きのうの夢
昨日の夜、恐ろしい夢を見た。

相棒は病院に入っているが、アタシは会いにも行かず世話を病院の看護婦さんにまかせきりにしている。相棒はもう長くないことをアタシは知っていて、もうダメだからとあきらめているようだ。でも急に、やっぱり今会っておかないとと焦りだして病院に行く。なぜか相棒のベッドは外からみえないように覆いがされていて、棺桶みたいにも見える。アタシはその覆いを取ってみるのが怖くて長い間立ちすくんでいる。看護婦さんが入って来て、先に自分が覆いの中に入りアタシが入りやすいように覆いを上げてくれた。

アタシはそれでも怖くて、看護婦さんに相棒はどんな状態なのかと聞いている。看護婦さんは非難の目でアタシを見て何も言わない。すると、「聞こえた聞こえた」と急に相棒が小さな声を出した。あっ意識がもどったんだと思ってあわてて覆いの中に入ると、死人のような顔をした相棒が痩せこけた手でアタシの手を弱々しくにぎって「よかったよかった」と言った。アタシはものすごくうれしくて泣いた。でもそうしてるうちに、いやこの人はもう前に死んでるはずと急に思い出して恐ろしくてもっと泣いた。自分の泣き声で目が覚めた。

これを書いてるとまたあの恐ろしい感じが襲ってきて、何度も途中で書くのをやめた。その理由を考えてみたら、自分が相棒にしたこと、してあげなかったことへの後悔。それに普段はフタをしているから時々こうやって忘れたころに仕返しされるんだなと思う。自分でも気づいている、このブログに今まで書いてきたことは心の上澄みのきれいな部分だけで、奥底に澱んでいる暗いものはまったく見ないふりをしてきたこと。

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( 2010.12.30 ) ( memory lane ) ( COMMENT:5 ) ( TRACKBACK:0 )
雪封紐約市
本日のタイトルは、今朝電車の中で男の人が読んでいた中国語の新聞の見出し。日本人はこれがわかるからお得よね。

昨日はアパートを出たらいきなり腿まで雪に埋もれて、ちょっとびっくりした。ニューヨーク市は去年市長が大幅に人減らしをしたため除雪が間に合わず、昨日は交通マヒ状態になったと誰かが言ってた。この2日間、街も会社も静かで仕事がすごく進んだ。

昨日と今日撮った写真見てね。(一眼カメラほしい~~)

27日朝、家の前の通り。
駅まで歩くのしんどかった。
Java 122710



27日朝、5th Avenue 
5av 122710


28日夕方、6th Avenue
ラーメン食べに行く途中。
6av 122810 2


6av 122810



( 2010.12.28 ) ( today ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )
雪ごもり
フィラデルフィアから戻ってきた。
今、外はものすごい吹雪。早く帰って来てよかった。
昼なのにこんなに暗い、でも家の中はネコとぬくぬく。

blizzard 122710



( 2010.12.26 ) ( today ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )
KUROさんの言葉も
そんな誰かが読んでるといいなあと思います。メッセージありがとう。
風を飲み込める強さを持てる人も持てない人も、涙が止まらない人も泣けない人も、誰かを最近なくした人もずっと長い間ひとりでいる人も、病気の人も元気な人も、貧乏な人もお金持ちも、(ジョン・レノンの言葉そのままになってきた)みんな何らかの慰めを見つけてほしい。

アタシは実は若いときからかなり皮肉屋で、愛は地球を救うなどと平気で口にする人はうさんくさい、とずっと思っていた。愛、愛と騒ぐなアホくさい、とつぶやいてるようなヤツだった。だからジョン・レノンのイマジンも、So This is Christmasも、あっそう、と半分横向いてた。(本当は今でも、ジョンのように「だから戦争をやめろ、けんかをするな」と言い切ることはできません)

でも、この何年間で、自分自身がいろんな人やモノに慰めてもらって、少し(というより、かなり)殊勝になりました。それはやっぱり愛だったんだな~と。(それでもやっぱり愛という言葉は怪しいなあ、しつこいけど)

何年か前、毎日もうどうしていいかわからなかった頃、同じような人がどうしているのか知りたくてインターネットを徘徊して、「大切な人をなくした人のコミュニティ」みたいなのを見つけた。覗いてみてびっくりした。ある女の人が、ご主人をなくされて何年か経ってたんだけど、いまだに辛くて生きて行く力がない、と書いていて、それに対してひどい攻撃をしている人がいた。もう細かいことは憶えてないけど。でもそれよりもっと驚いたのは、他の、一見おもいやりあふれるような人たちも、「もうそろそろ泣くのやめれば」という感じで対応していたこと。

アタシはまわりが黙って見ていてくれたのですごく幸運だったけど、今だに「あなたが泣くと死んだ人が悲しむ」とかいうものすごい無神経な励ましが日本ではまだまかり通っていること、黙って泣かせておいてくれない社会風潮を改めて思い知らされた。その時、「そうかそうか」とただ話を聞く人や場所があればその人はどんなに救われるだろうと思った。べつに理解しなくていいんだから、何年経ってても悲しい人は悲しいんだろうなあと推測するだけでいいのに。それにアドバイスをしてあげる必要もない、聞くだけでいい。KUROさんの言うように、ほっといてもいつかはその人も自分で立てるようになるんだし。

アタシがブログを書き始めたのはそれが理由、じゃなくてただ自分の言うことを人に聞いてもらいたいというだけだったんだけど、そのサイトで見たことはずっと心にひっかかっていた。それで書いてるうちに欲が出てきて、つらい思いをしてる人にちょっとでも参考になったらな~と考え始めてしまった。アタシがいろんな小さなものに慰められたように。




( 2010.12.26 ) ( hear me out ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
Merry Christmasじゃなくても
クリスマスがやってくる。
アタシにとっては3回目だけど、大切な人をなくして初めてのクリスマスやお正月を迎えるという人がこの世にはたくさんいることだろう。そんな誰かがもしもこれを読んでくれてたら、伝えたい。

今は悲しくて苦しくて、先が見えない闇の中にいるあなたにも、いつかきっとまた幸せな時が来ます、約束します。大切な人がいっしょにいた時とは違う自分で違う幸せだけども、きっと必ず。だから今は"Merry Christmas"なんて言わなくていい、泣き暮らしながらでいいのでその時が来るのをもう少し待っててください。

java corner 3

Java Streetの角。クリスマスの飾り、月、信号、と誰かの窓。




( 2010.12.23 ) ( hear me out ) ( COMMENT:1 ) ( TRACKBACK:0 )
もひとつ思い出した
WBurg+Bridge+3.jpg

いつものランニングコース、Williamsburg Bridgeの歩道。この写真には写っていないけど、まだひとりになって間もない頃、この坂道の途中の地面に突然現れた落書き。

"GOD, I'M SOOOOOOOOOOOOO HAPPY"

何があったのかわからないけどこんな手放しで大喜びしている、この落書にもすごく慰められた。これを見るたびほんのちょっとしあわせになれたので、毎週末かならずこの橋に来た。

あれから3年近くたち、その落書きも、人や自転車に踏まれ続けて今はかすれて殆ど見えなくなってる。
その人は今どうしてるだろうか、と時々思う。



( 2010.12.22 ) ( things I love ) ( COMMENT:1 ) ( TRACKBACK:0 )
「伝道の書」について
聖書「伝道の書」の部分。冒頭から、すべては虚しいとこの伝道者は言う。えっ、と思ったのを憶えている。いきなり「虚しい」ってなによそれ。神を讃えて人を救うための本じゃないのこれは、と。でも同時に、他の章とは違う匂いがしたのでそのまま読み進めた。

章全体を通じて、この人は世捨て人のような口調で淡々と自然の摂理を語り、神のことをほめ讃えるでもなく、正義をかき口説くわけでもなく、あんたがこの世に疑いを持ってても神の存在を信じられなくてもまあそれはそれでいいよ、と言ってくれているようにアタシには思えた。途方にくれている自分の今はこの世の流れの中では何千年もずっと繰り返されてきたありふれた出来事であって、あんたはただの一粒の砂にすぎないんだから、と言われた気がした。それからしばらくはこの章の言葉を握りしめて、ときどき手のひらを開いては覗き見てすごした。でもやっぱりアタシは、神を畏れよ、神の命令を守れ、という所は都合よくすっ飛ばしている。 「見よこの傲慢な一粒の砂を。」と伝道者なら言うだろうか。




( 2010.12.18 ) ( things I love ) ( COMMENT:5 ) ( TRACKBACK:0 )
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