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泣くひと
今日の帰り道、バスに乗りました。

バスの中で泣いているひとを見ました。

薄茶色の長い髪をしたそのひとは暗い窓に頭をつけて
こっそりと泣いていました。

くしゃくしゃに丸まったティシュを白い手に握って、
時々そうっと目と鼻を押さえていました。

未来をたっぷりとたたえた人生の一番まぶしい時期、
その中心で笑いさざめいているような美しいひとが
ローカル・バスの窓際に俯いて泣いていました。

いまこのひとのうえに雪がふればいいと思いました。
そしたらこのひとは手のひらをひらいて
空を見上げることができる
通路に立ってその横顔を盗み見ながら
そう思いました。

川の向こうにマンハッタンが輝いていました。




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( 2011.01.31 ) ( poem ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
耳の話
予告しといて、テンスケさんの話にすりかわってしまった前回の話。耳のこと。

クラシックが高尚だと言ったもうこちゃんの言葉。自分も昔、ジャズについて同じようなことを言ってた。ジャズとは、「ああ、あの演奏してる人たちだけが気持ちいいやつね」と思ってて、でも人には「私にはむずかしすぎて」と公言、それで免罪符を得たような気になってた。まあ別に嫌いなものを無理に口に入れる必要ないかもしれないけど、ちょっともったいない話かも。

人間の目は新しいものが大好きで移り気だけど、耳はとてもシャイな人見知りなんじゃないか。最初は閉ざした扉の向こうで背中を向けていて、それでもその前で待ち続けると突然重い扉が開いて(なんだか日本の神話みたいになってきたな)、後は長くおだやかな関係を築けそうな。「耳に馴染む」ってよく言うし、だからちょっとだけ繰り返し聴いてみたらもうこちゃんも、あ、ここのとこなんかいいじゃん、とか思うんじゃないでしょかね。どですか?

アタシの好きなバイオリニスト、アーノルド・スタインハートの言うには、一つの曲をひとりが好きでもうひとりが嫌いな場合、好きな方の人の話を聞くようにすればだいたいうまく行くらしい。情熱量の法則というか、熱い思いに人は共鳴しやすいということなのかなと思う。それに、だいたいよく考えると「嫌い」の理由はただのこじつけという場合が多い。(特にアタシには多い)

あと、また同じ人で申し訳ないんですけど、開高健さんの「破れた繭・耳の物語」、すごいです。彼の耳が憶えていたさまざまな<音>から作られた、まさに珠玉です。







( 2011.01.29 ) ( hear me out ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )
肩乗りテンスケさん
テンスケさんというとても小さなヒトがいて、
人々の肩から肩へと渡り歩いているそうです。

テンスケさんは肩のうえに座って足をぶらぶらさせたり、ごろんと寝そべったりしながらその肩の持ち主にささやくらしいです。

見ろ。
見ろ。
あそこを見ろ。
立ち止まって見ろ。
じっと見ろ。
見慣れたものをもっと見ろ。
醜いものもじっと見ろ。
境い目を見ろ。
水たまりの底を覗け。
人を見ろ。
風を見ろ。
目を閉じて見ろ。
こぼれて落ちたものを拾い上げろ。


テンスケさんにとまられた人は幸運ですが、自分の幸運に気づかない不運な人もこの世にはいるそうです。

一方、テンスケさんととっても仲良くしている人のなかには、そのような不運な人たちからmadmanと呼ばれたりするものもいて、それはそれで悲しいことです。

今度テンスケさんに会ったらよろしく伝えてください。なんだか寄ってほしいみたいだよ、と。
(勝手にテンスケさんと名付けたのはアタシですが、あなたはあなたの好きに呼んでいいと思います)





( 2011.01.27 ) ( daydream ) ( COMMENT:5 ) ( TRACKBACK:0 )
モノの話
昨日の続き。
ringoさんの言葉をよく考えてみた。

何年も箱に閉じ込められて沈黙していた楽器にはどんな気持ちがこもっているのか。最後にしまった時、ていねいに磨いて布にくるみ、そのケースを棚の一番奥にしまったのは、長い時間自分がその楽器に触れることがない事を知ってたから。昨日ちょっと鳴らしてみた時、ほんとうは音合わせのことよりもっと強烈に思い出したことがあった。ネコさえもその音を聴いて驚いた顔をしてアタシを見た。はっきりと何かを思い出した目をしていた。

以前は毎日弾いていたはずのバイオリン、昨日手に取った時のよそよそしい軽さと肩にのせた時の違和感にはちょっとうろたえた。放置されたモノの「想い」はそのF字孔の奥の暗いところでわだかまっていたのかもしれないな~。明日、調律の予約を入れようと思います。弓も毛を張り替えてもらって、少しずつまたバイオリンと復縁できればと思います。


P.S. もうこちゃんのコメントから、耳のことを考えた。次回にゆっくり。



( 2011.01.26 ) ( 未分類 ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
オーケストラのこと
何年か前まで、コミュニティオーケストラでバイオリンを弾いていた。(誰でも入れる素人オーケストラだけど、それでも下手なアタシを入れてくれたとても心の広い勇気ある楽団だと今でも感謝してる。)相棒の病状が悪くなってから、オーケストラもバイオリンを弾くことすらもやめてしまった。あれからおそろしく長い時間が経ったような気がする。

さっき何年ぶりかでバイオリンのケースを開けた。ファスナーを開いてラッチをはずす時どきどきした。調整もされず忘れられた楽器は暗いケースの中で無惨に変わり果てているんじゃないか。もしかしたら土に還っているかもしれない。(アタシの罪の意識はここにもあった)そうっと開けてみると、案外憶えていたままの姿で、ブリッジが傾いているのが目立つ程度だったのでほっとした。

楽器を取り出すとその軽さに驚いた。こんなに頼りない感じだったかな。傾いたブリッジをそっと立てて、ゆるんだ弦をすこしずつ張る。松ヤニを塗った弓先で音を出してみる。調音の一番最初に弾くラの音が思い出せない。(絶対音感なんてものとは無縁)チューナーもどこにしまったか見当たらない。ものすごく適当にラを決めて他の弦を合わせる。

ミとラの弦を一緒に弾くと、オーケストラでの音合わせの瞬間が目の前に戻って来た。オーボエが基本のラを吹いて、まずは管楽器、次に弦がそれぞれのラをそれに載せて、またその上にそれぞれのミやレを重ねて行く、音が深い霧になって身のまわりにたちこめるような瞬間。

自分が入ってたオケの小さな教会コンサートでもそうなのだから、りっぱなホールでのコンサートを聴きに行った時の高揚感といったらない。あの、会場が暗くなって幕が上がってチューニングが始まる瞬間、会場のざわめきが消えて息を詰めるようにして指揮者(あるいはロックスター)の登場を待つあの感じを、今日バイオリンを触った何分間かの間にうわ~~っと思い出した、というお話でした。


DSCN1517_convert_20110126115904.jpg







( 2011.01.25 ) ( memory lane ) ( COMMENT:3 ) ( TRACKBACK:0 )
ホームレスもしくは受刑者
自分はいつかホームレスになるんじゃないかと考えたことないですか。
筋道とおった理屈の先にというわけじゃないんだけど、なんとなくそう思うこと。

建物の外のくぼんだところとかに寝ている人を見ると、うん、ここならけっこうあったかそうでアタシでもできるかな、とか。スーパーのカートを満杯にして押し歩いている人の、その全財産の中身を横目で観察したり、段ボールやら布切れやらで築かれた誰かの宿を眺めてその居心地を判定したりしてしまう。自分がそこに座っているという想像の後はもちろんちょっとした恐怖なんだけど。

それで思い出したけど、アタシのいなかの町には女子刑務所があって、その中にいる自分をよく想像した。その刑務所は住宅街の中にあって、すぐ目の前に割と交通量の多い道路が走っている。やっぱり高い塀に囲まれてて、角に見張りやぐらみたいなものが建ち、それにはラウドスピーカーと中を照らす照明灯がついていたように思う。

若い自分はその中にいる人たちのことを考え、その想像の道を進んでいくと「そのうちアタシはこの中に入って、今の自分のこの想像は現実になる」と最後はなぜか確信に近い思いにたどり着いた。幸いそれは今のところ想像のままだけど、犯罪者になるのもホームレスになるのもごく小さなきっかけからのように思えて、そうだとしたら、生きている以上まだまだ可能性は捨てきれない。

電車のいすに寝そべったホームレスの人のことをこの間ここに書いたけど、混んだ電車であれほどのパーソナル・スペースを確保するその人にほんの少し羨望を感じるのはアタシだけかな。今まで何度か、まわりの人に「自分がいつか刑務所に入ると思ったことないか」と聞いてみたことがあるけど、YESと答えた人はまだひとりもいない。

今日も明日もすごい寒さ。ホームレスの人はどうするんだろうと考えるだけで恐ろしい。少しでもあたたかい場所を見つけてください。




( 2011.01.23 ) ( daydream ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
ふたつの場所の間
本の名前は忘れてしまったけど、植村直己さんが、北極圏を犬ぞりで単独走破した時の日記に書いてあった。日本にいる間は、山や氷の世界のことばかり夢に見て、望み通り氷の中にいる今この時には、どうしようもないくらい日本が恋しい、と。極限の中に身を置いた植村さんとは比べようもないけれど、アタシも外に暮らすひとりとして、日本を夢見る彼の気持ちがとてもよくわかる。

冬の空気のにおいとか、道を歩く人の言葉とか、雨にぬれた神社の鳥居とか、緑の田んぼを通り過ぎる風とか、夕食の支度の鍋やお茶碗の音とか、駅前に並ぶ自転車とか、そういったこまごました絵や音や感触が頭の隅にたくさんしまってあって、ちょっと心が重たい時に眺めたりさわってみたりする。(それは多分アタシが不在だった分の時間が止まった、ちょっと古くさい情景たちだけど。)

外国に住む人たちはみんなそんな風に、それぞれの「日本」を心の中に隠し持って毎日を歩いているんじゃないだろうか。そしてそんな人たちが日本に帰ったら、今までいた外国の場所に思い焦がれたりするのかもしれない。

植村さんはマッキンリーの山のどこかで今も眠っているとのこと、いつかきっとその山を見に行こうと思う。






( 2011.01.21 ) ( today ) ( COMMENT:5 ) ( TRACKBACK:0 )
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