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Que Sera Sera
ヒトよ

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思いわずらうことなかれ


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来るものは来る


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( 2012.02.29 ) ( bubble ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:1 )
狭い空と薄~い望み
2月22日、午後5時15分

できることなら
私はこのさき、
ただの目になりたい。



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( 2012.02.22 ) ( notes ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
Shame
ワタシは木
風の通り道に立つ
旅人が時々とおり過ぎて
ちょっと前までは
鳥もワタシにとまって鳴いた


ワタシは木
枝の実をじぶんで食べつくして
そんなじぶんが恥ずかしいので
青苦い葉っぱも時々噛んで
ごまかした


それでもワタシは木
同じ場所に立つ
光る風にも
鳥の歌にも
枝はもう鳴らない
Tree of Shame,
That's what I am



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( 2012.02.19 ) ( bubble ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
つまさきと私
週末もそろそろ終わり
浅い湯船につかって
向こうの端に突き出た自分のつまさきと差し向かい。

「金曜日に終われなかった仕事、あした午前中に片付くでしょうかね」
「ぜったいに終わらせないとねえ」

「掃除機がもうそろそろこわれそうですな」
「わかってますよもうすぐ買いますから」

「昨日会ったあの娘は可愛らしかった」
「あああのぷっくら輝くほっぺたがうらやましくてうらやましくて」

「今日も走らなかったねえ」
「今朝はマイナス6度で風強かったし」

「あっ、この木曜は歯医者だ」
「観念しなさい」




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( 2012.02.12 ) ( bubble ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
独房とアート
この国には、"super-max" prisonと呼ばれる厳重管理体制の刑務所がいくつかある。そのひとつイリノイ州の刑務所では、囚人はほとんど終日を床もベッドもコンクリート製の独房に閉じ込められている。シャワーと短い運動の時間だけ、足かせと手錠をはめたうえでしか外へ出してもらえず、部屋はずっと監視カメラで見張られているそうだ。私物はほとんどすべて没収され、部屋には小さな窓がついているけどもベッドの上に立たなければ外は覗けないらしい。(昔の写真を眺めたり机にほおづえついて外を見るというそんなごくささいな娯楽も許されていない)

ある人権擁護団体では、この刑務所に暮らす囚人の生活改善運動の一環として、独房の壁に飾る絵や写真を囚人のリクエストに沿ってアーティストが作成し贈るというプロジェクトを進めていると雑誌の記事で読んだ。いくつかのリクエストも載っていた。その中に、自分が住んでいた家の周りの写真を何時ごろどういう角度で何を入れて近所の人も入ってもらってと細かく指示の入ったものがあり、これは身につまされた。その他、雄雄しい野生馬の絵とか、ジェニファー・ロペスのお尻が写った写真、メキシコの国立美術館にあるアズテックの日時計そのものを希望した人もいた。

もし私がその独房の住人だったとしたら何をリクエストするだろうかとここ何日か考えているけど、それだけをずっとずっと眺めて暮らすわけだからいろいろディテールの入ったものがいいだろうとか、いや逆に簡潔な絵の中にこそ大きな宇宙が見えるはずだとかあれこれと気は移り、強欲なので決められない。



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( 2012.02.10 ) ( today ) ( COMMENT:6 ) ( TRACKBACK:0 )
またひとり川を渡って
11月だったかにお見舞いに行った知り合いの人がしばらく前に亡くなり、この週末追悼の集まりがあったのでまたバスに乗って行って来た。もう大往生というお年だったのでうち沈んだお葬式というものではなく、いろいろな人が前に出て故人の思い出をおもしろおかしく語るという感じだったけれども、いすが足りないほどの人を集めたその張本人が不在であるということが骨に痛く沁みるような集まりだった。

会のあと奥さんと少し話をすることができた。彼女は何事もなかったように穏やかな笑顔で静かに話していたけれども、目が異常に張りつめていた。刺すような鋭い視線なのに実際は何も見ていないような深い淵みたいな目をしていた。恐ろしかった。別れ際、「まだ状況が把握できてないの」とぽろりと言ったあと彼女はその目でアタシをひたと見て「私はどうすればいいの、教えてくれる?」と3回も繰り返して聞いた。アタシは何も言えなかった。


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不思議なことに、相棒が死んだ当時いちばん心を慰めてくれたのは、セラピーとか同じような経験をしたひとが集まる助け合いの会でも「生きるヒント」のような本でもなくて、ごく小さなたあいないものだった。頭の上を飛ぶカモメだったり「吾輩は主婦である」という日本のドラマだったり友達の家族にまじって食べた晩ご飯だったりした。この写真もそのひとつ。叔母さんの中国土産にもらった拙政園という庭園の写真集、何度も何度も眺めて、すごくお世話になった。アタシがこの本からもらったような小さな慰めがこれからの毎日の中で彼女にもたくさん訪れることを祈るのみ。





( 2012.02.05 ) ( on this side ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
待ちぼうけの友
帰宅ラッシュの駅の真ん中、案内所の前に立ってひと待ち顔を作ってみた。
背伸びなどしてキョロキョロ雑踏を見透かしたりしているうちほんとに誰かを待っている気になり、
更にしばらくすると置いてきぼりの悲しい気持ちさえ湧いてきた。
ふと気づくとすぐ隣に猿が立っていた。
「うわっ」
びっくりして少し飛びのくと、猿はその分また距離を縮めて、肩が触れそうなところに並んで立った。
「なにこれ?」
「なにって、『待ちぼうけの友』だけど」
猿は前を向いたまま、めんどくさそうに答えた。
「しゃべった。猿が。猿のくせに。あっち行ってよ」
「猿じゃねえって、『待ちぼうけの友』だってばさ」
「だから、なによそれ」
「『だから』ってなんでえ、今はじめて聞いたんじゃねえか」
「離れてよ、ひと待ってんだから」
「へへっ、一生現れないヤツ待ってんだろ」
「……」
「かっこつけてんじゃねえよ。呆けた顔してっからオイラ出て来てやったんだろ」
「えっ、じゃあなんかしてくれるわけ?会いたいひと連れて来てくれるとか?」
「んなこたしねえよ。『待ちぼうけの友』だって何度言わせんだよわかんねえヤツだな」

それからしばらくこの妙な猿とアタシは並んで雑踏に立ち、
赤の他人が次々と行き交う様を遠い目をして眺めたのだった。



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( 2012.02.02 ) ( daydream ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
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