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Cliché
取り残された夕陽のしっぽ
蒼い雲間のわずかな朱いろに
なんだか焦る
すっかり夜になってしまえば
どうってことないのに

私のすべては
ありふれた
月並みな
100万遍繰り返されて
腐ってしまった
Cliché

家に着いたら
靴もかばんも放り投げて
きのうの続きを読もう
月よ ついてくるな
言いたいことはわかってるから



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それでも私は歩かなきゃ
語り尽くされたClichéの日々を






( 2011.10.15 ) ( poem ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )
コメント

詩というとても個人的な

詩というものはとても個人的な作業なのでコメント
しにくいものですよね。伝言板のような気楽さがないですから。
ぼくはタロコさんの書くコラムそのものが詩的であると以前
書いたように記憶しますが、この作品も最後の2行が効いてますよね。
詩というものは読んだ人の解釈と書き手の解釈が同じである必要がない。
論文じゃないですからね。だから、ぼくの『Mr.HOBOのブルースな毎日』
にももっと色んな方からコメントをいただきたいのですが、さっぱり
ですわ。笑

写真が効いてますね。
詩も写真もとても個人的なもの。
ぼくは好きですね、今回の作品
タロコさんはロマンティストで寂しがり屋だ。
個人的にそう思いますね。

HOBO

( by : Mr.HOBO * URL ) ( 10/18 - 11:04 ) ( 編集 )

Re: 詩というとても個人的な

ほんとHOBOさんの言われる通りだと改めて思いました。あたりさわりのない文章はコメントしやすいかも(笑)。(だからってコメントの多い記事イコールあたりさわりのないものというわけじゃもちろんないです)私は、いいものを読ませてもらった時感動して思わずコメント欄を開くんだけど書いたり消したりのあげくキャンセルしてしまうことがよくあります。(私だけかも知れませんが)

私は、HOBOさんの記事も、またそれに対する皆さんのコメントも深いものが多くて「すごいな~」といつも思ってます。でも読み逃げが多くてすみません。
HOBOさんいつもありがとうございます。

( by : タロコ ウラシマ * URL ) ( 10/18 - 19:58 ) ( 編集 )

タロコさま

 こうやって何度もタロコさんの作品を眺めていると、他者の痛みに共感しようという私の試みはとんでもなく不遜なことではないのか、と思ってしまうのです。(あまり入れ込むと、いつの間にか自分が主体になってしまう。混乱の元です)
 でもその痛みを抱えた「乾いた湿り気」とでも言うほかないようなタロコさんの作品(文も写真も)の佇まいが、実のところ不遜な読者としての私のお気に入りの‘ぜったい’値でもあるのです。
 ナンチャッテ。これは禅問答か? 単にミーハーを白状してるだけとちゃうのか?

Sakura Townの人

( by : * URL ) ( 10/19 - 10:10 ) ( 編集 )

Sakura Townの方さま

誰かの悲しい話に心痛める、その時の私の心はやっぱり自分自身の影を見ているだけなんでしょうか?
あなたのコメントがあまりに身に余るので、私の身はちぢかんでしまいました、ほらこんなに。

( by : タロコ ウラシマ * URL ) ( 10/20 - 21:46 ) ( 編集 )

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